熱中症は突然起こる
連日の猛暑で、熱中症が多発している。熱中症は高齢者や乳幼児がなりやすい
といわれているが、アスリートも例外ではない。しかも、鍛えられたアスリート
の熱中症は予兆がない(感じにくい)だけに厄介だ。
1995年9月3日、ユニバーシアード福岡大会で、私はマラソン走行中に熱
中症になり、九死に一生を得た。当時実業団チームに所属し、暑さ対策も含め、
専門的な練習を積んでいた。まだ熱中症という言葉が知られていなかった時代で、
私も熱中症のことを詳しく知らなかったが、脱水にならないよう、日ごろから意
識してこまめに水分補給をするようにしていた。体調は万全で、調子が良すぎて
早く走りたくて仕方がなかった。
つまり、私が熱中症を起こしてしまった原因は、すべて「レース当日」に
あった。
当日、私は最大のミスをひとつだけ犯していた。それはスタート地点である福
岡ドームの中でウォームアップをしてしまったことだ。ドーム内は冷房が効いて
いて快適な環境だった。スタート時の天候は曇り、気温28・5度、湿度86%。
通常の練習環境と大差はなかったが、いざスタートして道路上に出ると、もわっと
した熱気に包まれ、とても息苦しさを感じた。
レースは超スローペースで進み、調子の良い私は15㌔過ぎからペースアップし
て独走態勢になった。ちょうどその時、スコールのような雨が降ったかと思うと、
すぐに日が照りだし、コース上はまるでサウナのように。中間点での気温は29度、
湿度92%となった。湿度が高く、皮膚の水分が全く蒸発しない。「沿道の人から
タオルを借りたら失格になるのだろうか」と真剣に悩みながら30㌔の給水を取っ
たのを覚えている。私の記憶はここまでしかない。32㌔からフラフラになり、39
㌔で棄権していた。
レース中、身体に異変があればペースを落とすか、レースを辞めるだろう。
だが、私の場合、頭痛、吐き気、動悸や筋肉のけいれん等、いわゆる熱中症の初期
症状は一切なく、いきなり意識障害に陥った。恐らく、気力や体力のあるアス
リートほど自分を追い込めるので、熱中症の予兆を超えて動いているのかもしれ
ない。また予兆があっても運動による疲労と勘違いし、我慢してしまうことで重
篤化するのだ。
アスリートが運動中の熱中症を予防するのは非常に難しい。だからこそ、自分
も熱中症になるかもしれないことを常に頭に入れておくしかない。
コラム「ママは監督」2013年8月20日 毎日新聞 夕刊掲載分