無月経はエネルギー不足
ある高校の先生から「月経が止まった選手に今から女性ホルモンの注射を打つ
んだけど、太ったりしないかな?」と電話があった。いま、婦人科の待合室に
いるという。私は仰天して「ちょっと待ってください。注射を打たずに帰って
来てください」とお願いした。
米国スポーツ医学会は、女性アスリートが陥りやすい医学的障害を三つ定め
ている。この三つで三角形をつくり、三角形の頂点に「利用できるエネルギー
不足(摂食障害の有無に関係なく)」、底辺の2点に「視床下部性無月経」と
「骨粗しょう症」を入れて警鐘を鳴らしている。
つまりエネルギーが不足すると月経が止まり、骨が壊れるのを抑制するエスト
ロゲンという女性ホルモンの分泌が減り骨粗しょう症を引き起こす、という負の
トライアングルを表しているわけだ。
冒頭の話に戻ると、高校の先生は選手が疲労骨折と診断され、整形外科の先生
から「月経が止まっていることが原因だから、月経を起こさせた方がよい」と
助言され、婦人科に行ったそうだ。
女性アスリートの無月経の8割以上が視床下部性無月経といわれており、
ホルモン注射は役に立たない。それより、毎回しっかりご飯を食べる方が効果的だ。
消費エネルギーに見合ったエネルギー摂取をすることで、大抵は正常月経に戻る。
しかし、女性アスリートもコーチも、体重が増えることを気にして食事、特に
炭水化物を制限してしまうので、この負のトライアングルから抜け出せない。
これが長期化すると、アスリートとして大成しないばかりか、
将来的に不妊になる危険性もある。
日本の女性実業団ランナーを対象に行った調査では、83%のランナーが月経が
止まったことがあると答え、月経が停止して約1年半で疲労骨折する傾向が認
められた。無月経というシグナルを見落とさなければ疲労骨折は予防できるのだ。
コーチから「月経が止まったら一流ランナーの証拠」と言われたランナーもいた。
コーチの無知で、女性アスリートの一生を狂わしていいのか。
本当に強い女性アスリートは、妊娠できる身体(体力)を有している。
「エネルギーが充足」されていれば「正常月経」が起こり、「骨密度が高い状態」
で十分なトレーニングを積めるので洗練された身体になる。
これこそが正のトライアングル。
たとえ時間がかかっても、ジュニア期からこのトライアングルを実行
してほしい。
コラム「ママは監督」2013年8月6日 毎日新聞 夕刊掲載分