出産後に立ちはだかる壁
フィギュアスケートの安藤美姫選手が出産を告白し、ママさんアスリートが
注目されているが、海外にはママさんアスリートが大勢いる。
理由は簡単。出産適齢期はアスリートの全盛期と重なるからだ。
海外のアスリートは、ごく自然に妊娠と出産をとらえているが、日本は違う。
「出産を最後まで迷った」という安藤美姫選手の葛藤に、日本の働く女性の多くが
共感したことだろう。
エリートランナーを対象に出産前後トレーニングについて研究をしている中で、
出産後も活躍しているアスリートの多くが苦労していたのは、「練習時間の確保」
だった。夫がコーチを勤めているランナーは、比較的融通が利くようであったが、
そうではないランナーは、自分の母親や身内に子どもを預けながらトレーニングを
積んでいた。また、有能なベビーシッターを雇用し、毎日のトレーニングだけでなく
合宿や試合にもベビーシッターを帯同させているランナーもいた。
「費用はどうしているの?」と聞くと、「全部自分で支払っているのでとても大変」
とのことだった。
つまり、女性アスリートの出産後に立ちはだかる壁は、筋力や持久力が戻るかどうか
ではなく、「子育てと競技の両立」なのだ。
これまで、自分の勝利のためだけに時間を費やしていた女性アスリートが
母になった瞬間、我が子のために優先的に時間を割き、競技に打ち込む時間を
捻出するために、我が子の面倒をみてくれる人を確保しなければならない。
これがどんなに大変なことか。
出産による体力の変化は自分の努力で何とかなるが、ライフスタイルの変化には、
周囲の協力無くして対応できない。
これは、日本が抱える子育て支援問題にも通じる。
欧米の女性が実現している子育てとの両立を、いまだに日本の女性が実現しづらいのは、
「子育ては女の義務」、「子どもを保育園に預ける後ろめたさ」、「子育てより仕事を優先
できるのは男の特権」という日本の悪しき慣習のせいではないか。
子育て中の女性が、自分の自由な時間を、堂々と持てるような社会にならなければ、
政府が期待する女子力なんて生まれるはずがない。
女性アスリートも働く女性も、子どもをいつでも、気兼ねなく、安心して預けられる環境が
整っているかどうかが、出産後に活躍する条件であることは間違いない。
コラム「ママは監督」2013年7月16日 毎日新聞 夕刊掲載分