女性の全力は9割
スポーツは限界への挑戦。限界には、「肉体的限界」と「精神的限界」が存在する。
そもそも女性は、あらゆる筋力や持久力が男性よりも劣る。
しかし、単位面積当たりの筋力に性差はなく、脂肪を除いた体重当たりでみると
各種筋力に男女差はほとんどなくなる。女性は一般的に男性よりも体脂肪率が10%
ほど多いため、相対的な筋肉量が男性よりも少なくなることから、「肉体的限界」の
性差は体脂肪率に起因していると考えられる。
では「精神的限界」の性差はどうだろう。
例えば、 陸上で400mを10本走るインターバルトレーニングをした場合、
男性が8本目できつくなってしまうと、9本目と10本目は全く身体が動かなくなり、
タイムも著しく遅くなってしまう。しかし、女性は自分の力をきっちり分割する能力が
あり、10本目が終わる前に身体が動かなくなることはほとんどない。
それどころか、疲れているはずの10本目が一番速いタイムになることもしばしばだ。
疲労困ぱい状態まで練習をしたとしても、女性はその数分後には笑顔でクールダウンが
できるし、食事をとることだって可能だ。
男性ならばその場に寝転がっているだろう。
ここで男性コーチは女性に対して「練習で手を抜くんじゃない!」と怒ってはいけない。
男性と女性では脳の反応が異なるからだ。
ストレス等による情動反応の処理に主要な役割を持つ脳の扁桃体(へんとうたい)。
この扁桃体が自分自身への脅威(ストレス)を察知すると、男性はテストステロンの
影響で攻撃的になるのに対し、女性はエストロゲンの作用で抑制心が働くといわれている。
つまり、女性は「精神的限界」まで自分を追い込もうとすると、自動的に制御システムが
作動するのではないだろうか。
そう考えると、男性アスリートと女性アスリートでは、トレーニングにおける強化方法が
異なって当然だといえる。
男性のようにトレーニングの質だけで追い込めない女性は、全力の9割で作動する
制御システムの特性と、9割ならではの回復の速さを利用するしかない。運動の時間、
頻度、反復回数を増加させながら、トレーニング量へのアプローチが重要となる。
そして、いかに制御システムの目盛りを引き上げるか、が強化のカギといえよう。
女性アスリートは男性アスリートよりも、強化に時間がかかることをお忘れなく。
コラム「ママは監督」2013年6月18日 毎日新聞 夕刊掲載分