かわいい選手には旅を
アスリートは、競技力が高くなるほど遠征が増える。
国内はもとより海外に行くチャンスも多い。
私の初めての海外遠征は高校2年生の時。世界クロスカントリー大会でフランスの
エクスレバンという都市に行った。
パスポートを作り、福岡から成田に移動して陸連関係者とともに旅立った。
緊張した移動中の出来事は鮮明に覚えているものの、残念ながら試合のことは
覚えていない。高校時代は遠征することで頭が一杯だった。
大学では、毎年春休みにメキシコで高地合宿をさせてもらった。
現地のクラブチームに入って練習する武者修行スタイル。一人で飛行機を乗り継ぎ
メキシコ空港に到着すると、見知らぬクラブ関係者が「オーラ、アミーゴ!」と
出迎えてくれ合宿所に移動する。
現地コーチとは双方つたない英語での会話だったが、トレーニング内容は万国共通。
スポーツに国境はないことを実感した。
この経験によって私の陸上観は大きく変わり、遠征のストレス耐性も高まり、
少々のことでは動じない度胸がついた。
そして、現在のコーチングにも多大な影響を与えている。
サッカー、野球、ゴルフといったプロスポーツでは、日本のアスリートが単身で
海をわたり活躍を続けている。
またフィギアスケートやスキージャンプ等の冬季種目も、競技環境や施設の関係で
長期的に海外合宿や転戦を行っている。
世界を肌で感じている選手は、社会性が備わり、自立していてハートが強い。
しかし、アマチュアスポーツではそのチャンスは非常に少なく、とりわけ女子選手は
一人で海外に行くことは難しい。
おそらく「危ない」、「自分以外の人から指導を受けると選手が迷う」と、
コーチが敬遠するのだろう。
陸上女子の実業団チームは、レースも合宿も出発から帰るまでスタッフが付き添って
集団行動することが多い。
日本では女子選手の指導は「24時間細やかに」「依存心が強いので他の選手と平等に扱う」
ことが推奨され、女子選手は自分の手元において大事に育てる、というコーチング
スタイルが定着してしまった。
だが、行き過ぎると、コーチの指示がなければ動けないロボット選手になってしまう。
選手が迷うことは成長過程において必要なプロセスだ。
多様な価値観に触れながら競技に向き合うことで選手は大きく成長する。
世界への飛躍を目指すならば、女子選手をかごの中の鳥にしてはいけない。
コラム「ママは監督」2013年6月4日 毎日新聞 夕刊掲載分